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9 水たまり

もう10数年以上も前、バレエのピアノを弾かせていただくようになるもう少し前に、とある企業系の音楽教室でたくさんの子供たちのピアノのレッスンを受け持っていました。二十代もまだ前半の頃、札幌でのことです。自分のピアノの修行もまだまだおぼつかないというのに講師という立場になり、先生と呼ばれ、これから感性も技術も育っていくはずの大切な子供たちを何十人と指導し始めなければならなかったわけです。
音楽教室では1対1のピアノのレッスンの他に5〜6人程度のグループでのレッスンも受け持ちました。4歳、5歳、中には3歳をようやく過ぎたばかり、お母さんのおなかの中から顔を出し、外の空気を吸い始めてたった3年!こちらもひよこ先生なら生徒も負けじの列強ひよこさんチームです。

春、桜も散る頃には新しいグループのレッスンが始まります。ひよこ先生としては楽器の向こう側でレッスンを見守る母親たちの真剣な視線と、吸い込まれそうに透明で無邪気な列強ひよこさんチームの視線を一身に受け、それだけでも緊張で、「ド〜ド〜ソ〜ソ〜ラ〜ラ〜ソ〜〜」と歌う声に不覚にもビブラートがかかってしまいます。
「さあ、どんな動物がでてくるかな?先生の弾く音をよーく聴いてね〜」・・ピアノの高音部を無作為に軽くカタカタカタとたたきます。「ことりさーん」「とりーー」「ねこー」それぞれ口々に答えます。「じゃあこんどは何かな?」低音部をがーんがーんと強く大きく鳴らします。「らいおーん!」「ぞうさん・・・」「へびー」「きゃあこわい〜」

「じゃあ、みんな象さんになってみようか?」・・とひよこさんたちを立ち上がらせて楽しくぞうさんごっこを始めようとしたその時・・・ぐす、ぐしゅ・・ひっく、ひっく・・・あらら?少し内またでうつむき加減に立ちんぼうになって泣きだした女の子の足元を見ると・・・小さな水たまりが!
グループの中でもとりわけ小さな子です。少しお姉さんたちといっしょの初めての場で緊張しきっていたのでしょう。切りそろえた前髪の下の大きな黒い瞳にいっぱい涙をためながら、それでも泣くのを我慢しようと必死でこらえる幼い姿は逆にこちらひよこ先生の緊張をふっとほぐしてくれるほどの愛らしさに満ちたものでした。
すぐに母親のもとに連れて行き、小さな透明な水たまりを拭きあげ、なんにもなかったように再び「さあ、どんな象さんになるのかな〜?」

・・・これは音楽教室のひとこまですが、何年かたってバレエの稽古場で弾くようになり、初等科さん達のクラスでは同じような光景に1度ならず出会いました。背中に羽をつけたらそのままふわふわ飛んで行きそうな小さなレオタード姿の足元に何の前触れもなく出来てしまった水たまり。機転を利かし、明るくきびきび対処する若い先生達・・。ピアノの椅子から見えるのは教え始めた頃の自分の姿だったりします。

さて、ひよこさんチームもしだいにしっかりと羽ばたく準備を進め、次第にC難度(?)の難しい動きに挑戦を始めるようになります。憧れのトウシューズも間近に感じられる頃になると稽古場の厳しいレッスンには別の小さな水たまりができることもあるものです。
より美しい正しい動きを身につけるためには少々痛いのを我慢してぶるぶる震えるくらい腿の筋肉を使わなければいけないですし、グレード試験で合格したければ数多くのエクササイズの順番を忘れては話になりません。体の隅々まで神経を行き届かせながら、手も足もおなかも背中も首も目も・・・いくつもの注意を同時にこなし体を使い、頭の方も冷静にしっかり使わなければ舞台で目にするような憧れの美しい踊りには近づきません。

ピアノの音楽を良く聴く習慣がないままに過ぎてしまった生徒などは音をしっかり聴きながら、それをうまく使って動くことすら実は大変だったりするものです。一曲弾き終えたあと
「あーあ、音楽がもったいない!こんなに綺麗に弾いてくださってるのに。よく聴いて御覧なさい、音がちゃんと手伝ってくれてますよ!」
・・・・しーん・・・・。
「ここ、この筋肉、しっかり使って!!ほら、この足は誰の足?自分の足でしょ?じゃ自分でちゃんと考えて使わなきゃ!」
・・・・・しーん・・・・・と気がつくと、タンジュの足を保つその顔にじわっと涙がにじんで・・・。
「顔洗ってらっしゃい!!」

瞳の中の小さな水たまり・・・実はこんな時決して見せはしませんが指導の先生の心の中にも瞬間、水たまりが出来てしまったりするものなのです・・・。

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